マゾのMはきっとミラクルのM

昨夜はsgt.の通し練習。深夜12時〜4時。
わたしは「通し練習」と書いて「シゴキ」と読みます。
もしくは「マゾ練習」。

音楽やらない人には一般的ではないかもしれませんが、ドラマーという人種は全体の80%がマゾで構成されています。 ごく稀にサド気質を持つ人もいますが、概ねそれは深層心理でのマゾ願望が転移したものと考えられています。

ドラムという楽器はパーカッションの中でも木の棒で金属をぶっ叩くという極めて暴力的・サディズム的印象を与えますが、 実際にドラマーに課せられる任務は「楽曲に時間軸を与える」というシステマティックな、言ってみれば時間軸への拘束・またはクリックに代表されるように限りなく人体を機械に近づけるという、ある種のボンテージ・フェティズムの香り漂うマゾヒズムと極めて近いものといえます。

つまりドラマーという人種は、木の棒で大小様々な太鼓と金属製のシンバルを暴力的に叩きながら、その実、楽曲における時間軸・BPM等の存在に抑制・矯正されながら「プレイ」しているということになります。サディズムな振る舞いを、マゾヒズムに基づいて行っているといえるでしょう。