恋をしに行く

覚書

人間の生き方には何か一つの純潔と貞節の念が大切なものだ。 とりわけ私のようにぐうたらな落伍者の悲しさが影身にまで泌みつくようになってしまうと、何か一つの純潔とその貞節を守らずには生きていられなくなるものだ。
坂口安吾「いずこへ」

谷村は音楽を好まなかった。音楽は肉慾的だからであり、音楽の強いる恍惚や陶酔を上品に偽装せられた劣情としか見ることができなかったからである。(中略)音楽は芸術には似ていない。ただ香水に似ている、と。
坂口安吾 「恋をしに行く」

この一節を読んで、菊地成孔を思い出した。

僕は僕の音楽を演奏する時、「上品に偽装せられた劣情」であろうと思った。もっといえば剥き出しに露出された欲望でありたいと願った。音楽に触れている時、自分は色魔でありたいと切望した。

坂口安吾の文章にはスイッチがある。「何か一つの純潔とその貞節」に関するスイッチが。